感謝。そしてがんばるらいふぶろぐ(仮)

結婚式や好きなこといろいろ。ただいま妊娠中。ジャニーズが好き。

【妊娠・出産】退院

とうとう今日で36週6日。明日には37週で正産期に入ります。それに伴って、もういつ産まれても大丈夫、ということで強制的に退院です。

入院は23日間、自宅安静を言い渡されてからは約1カ月半。その間文字通りほとんど動かずにここまできました。その間で外気に触れたのもたぶん合計で3分くらい。

ここまでの安静を保てて正産期に突入できたのは、一重にほぼすべてのことをやってくれた母と、そして旦那さん、父のお陰でしかありません。

まるでここがゴールかのような書き方ですが、ここからが色々なことの始まりなんですよね。点滴を外すとその反動で陣痛が来てすぐ産まれる可能性も高い、とのことだったので、その前に今思うことだけ書き記しておきたいと思いました。

もともと私は子どもが欲しいから結婚したい、と婚活に励んでいたようなタイプで、子どもに対する思いはとても強かったです。結婚に対する焦り=子どもを産めるタイムリミットに対する焦りという感じでした。追い詰められた時には結婚しなくていいから子どもだけ欲しいと思っていたし。

でも、実際に結婚してみると、どうして今までそんなに子どもが欲しいと思っていたのか分からなくなりました。決してマイナスな意味ではありません。結婚生活はとても充実していたし、少しですが新しい家族というものを経験する中で、幸せな家族は、必ずしも子どもがいるかどうかで決まる訳じゃないのではないかと思うようになったからです。今まで自分が思っていた「子どもが欲しい」は、きっと教育に携わっている自分にとっての、育児に対する興味の対象でしかなかったのだと思いました。あるいは、出産、育児が自分のスキルアップのための人生経験のような気もしていたのかもしれません。とても自分本位な欲求でした。

その上で、やっぱり子どもが欲しい、新たな家族が欲しいと思うことができ、こうして小さな命を授かることができました。妊娠期間を通して、産まれてくる赤ちゃんがどんな顔してるのかな、どんな風に大きくなっていくのかな、とあれこれ想像することはとても幸せでしたが、それと同じくらい大きな不安もありました。恐怖みたいなものも混ざっているかも。もともと石橋を叩いて渡る性分なので仕方ないというか、あれこれ悩んでいるのは私の人生のデフォルトなのですが。

でも、今回特に入院してみて、ああこれまで自分は大きく間違っていたなと気づくことができました。それは実の両親はもちろん、義両親がとてもとても心配してくれたからです。私は里帰りをしているので、出産する病院は遠方なのですが、義両親が産まれたらすぐにどうにかして駆け付けようとしてくれていることも知りました。そのことで、産まれてくる子は決して自分だけのものじゃないんだなと思い知らされました。

これまでなんとなく、産まれてくる子のことは、すべて自分の責任のような気がしていました。それは、何かあったら全て自分のせいだ、と思うと同時に、出産や子どもの成長の喜びも全て独り占めにしようとしていたのだと思います。

でも、子どもが産まれてくるのを私と同じか、もしかしたらそれ以上に心待ちにして、産まれてきたらたくさん世話をしようと思ってくれている人が周りにいるんだなあと分かって、今は少し肩の荷が降りたような気がしています。

産まれたら色々追われて思考停止するでしょうし、こんなことをゆっくりと書いているお気楽な自分をきっと憎たらしく思うことでしょう。でも、ある意味、いつかこれを読み返した時に自分がどう思うか、ちょっと楽しみです。