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感謝。そしてがんばるらいふぶろぐ(仮)

結婚式準備と新生活でのあれこれめも。

【すきなもの】書くこと

「この瞬間の奇跡を表す言葉はどこにあるのだろう?」
私がもうひとつ書いているブログの副題である。副題というか、むしろつぶやきというか。文章を書くときには、いつもこんな風に言葉探しの気持ちで書いている。
先日友人と「書くこと」について話をした。私にとって書くこととは。中学生頃に書いていた日記に「自分にとって書くことは息をすることと同じこと。やらないと生きていけない。」なんて書いていたのだが、それは厨二病が過ぎるとして、それでもやはり書くことなしに、自分のこれまでを振り返ることはできない。
「この瞬間目の前にある景色と感情を色鮮やかなままひとまとめに冷凍保存して、自分の宝箱にしまいこむ」
副題に補足をするとしたらこんな感じ。日々のメモやSNSでの呟きは別として、ブログや何かに書くまとまった文章に限ると、私はぼんやりとそんな思念を持ちながら文章を書いている。過ぎ去った次の瞬間から色褪せはじめる情景、感じた次の瞬間から去っていく感情を、忘れたくないという焦燥感に駆られるほどのものに出会った時、それを手元に残しておきたい、いつでも取り戻せるようにしておきたいという欲求から書く。どうにかして言葉というピースを選んで当てはめて、それを好きな形で組み立てて、そのまま固めて自分だけの宝箱に大事にしまっておく。自分の大好きな綺麗な言葉を使って、自分の大好きな形にちゃんと固められたとき、やっと安心して記憶を手放す。頭の中が空っぽになって、すっきりすると同時に、綺麗でかわいい宝石か何かを手に入れたような気分になる。
そもそも、私にとって言語とは、常に対象であり続けていたような気がする。生徒の時は学習対象で、学生の時は研究対象で、そして仕事として英語を教え始めたときからは仕事で教える材料だった。一方で、それを通して想いを伝える「道具」や「媒介」としての言語は、ずいぶんないがしろにしてきた気がする。文章を書くときは自分の宝物を作っている時なので、人にどう伝わるかを考えていないことがほとんどだから。
ここまでがながーい前置き。相変わらず読む人のことを考えいない。
最近、やりたいことをやる、夢を叶えるということについて真面目に考えている。30代になって夢なんて言ったら笑われるのだろうか?でも、別にそれに向かって行動するくらいなら誰にも迷惑をかけないような気がしている。
10代の頃からの自分の夢、一つは、実は最近叶った。仕事に関してのこと。社会人になってからもたくさん回り道をして、でも気づいたら夢が叶っていて、しかも今振り返って漸く、そこに辿り着くには全ての回り道のどれが欠けてもダメだったんだということに気づいた。そのおかげで仕事に対する姿勢がだいぶ変わったのだけど、これはまた別の話。
もう一つの子どもの頃からの夢は、「英語が好きな人たちが集まる空間を作ること」「日本を世界に発信すること」。漠然としてるし、スケール大きいし、何なら後者なんて2020年を目前にして政府が言ってることを真似したみたいだけど、これ私高校生の時に外国語学部を志望した理由だからね!(ドヤ)
まあそれはさておき、終着点も、何も分からないままだけど何かしたい。そのためにまずは伝えるための文章を書きたい。そして現在20回目を迎えた英語部の活動(好きなことを好きな人達と英語で語る場所です。興味ある方はぜひお問い合わせを!?)をもっと強化したい。
池袋の本屋から始まって今どんどん拡大している天狼院書店の、ライティング・ゼミ(4月開講)を受講するか迷っています。

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受付終了しました→【2/27・28お申込みの方限定】20,000円分の特典付き先行受付!4月開講ライティング・ゼミ《日曜コース》〜選べる特別講座2講座(90分×4コマ)付き!《春の新生活応援キャンペーン③》 - 天狼院書店

懸念事項はやはり忙しいこと、そして今まで好きなように書いてきたからこそ好きだった「書くこと」を、つまり厨二病的な表現をすると息の仕方を指定されたら苦しくないのかという不安。
うん。でもそれを置いてもやりたい。